2011/08/28

サーブは思い切り

スクールで「とりあえず思いっきりアウトする感じでやってみろ」とのことで、半信半疑でやってみた。

なんと、コート外にアウトするイメージで打つと、サービスエリア一杯の素晴らしいサーブになった。

そうか。これまでフォルトが多かったのではなく、ネットが多かったのだ。
他の人を見てみても、フォルトは大抵ネット。

名一杯打ってサービスエリア一杯なのだから、ちょっとのオーバー気味サーブでネットフォルトが改善されないのも当然。

VirtuaBox+UbuntuでCtrlとCAPS LOCKのスワップが効かない

先週Linux久しぶりに始めてやろうと思って、VirtualBoxでUbuntu入れてみた。

が、CtrlとCAPS LOCKが入れ替わらない・・・!
Ubuntu上の設定でスワップできるみたいけど、設定しても入れ替わらない。
いや、入れ替わらないというか、CAPS LOCKを一度押すと、Ctrlが押されっぱなし状態(Ctrl Lock?)になる。

VM: VirtualBox 4.1.0
ホスト: Windows 7 32bit
ゲスト: Ubuntu 11.04

困った。が、さすがネットは広大だわ。
同じ事やってる人がいた。
http://tekitobibouroku.blog42.fc2.com/blog-entry-358.html

確かに考えてみればWindowsでもCAPS LOCK使わないから、ホスト側でCtrlとCAPS LOCK入れ替えて解決。

ちなみにホスト(Windows)でのスワップには、↓のソフトを使った。
http://www.forest.impress.co.jp/lib/sys/hardcust/keyboard/changekey.html

2011/08/27

Macでのブログエディタ比較

Macでブログ編集するソフトを探していくつか使って検討してみた。

Kaku

http://ppmweb.lolipop.jp/apps/kaku/

なぜかBloggerのURLを指定しての自動設定取得に失敗したから諦めた。

ecto

http://illuminex.com/ecto/

画面構成がキレイで使いやすそうだったけど、画像の投稿がFlickrになっちゃうからやめた。
(一応アカウント取ったけどPicasaあるのにデータが分散するのはなぁと思った。)
Blogger上でPostした時みたいにPicasaに保存されてくれればよいのに。

Qumana

http://www.qumana.com/

日本語の表示が汚い。Mac使ってるのにそれではダメだ。

MarsEdit

http://www.red-sweater.com/marsedit/

おお。良い。画像もPicasaに保存される。
だけど画像貼り付けると等倍になるからWeb上の表示がズレる。
そこで、Blogger上でCSS設定の上、こちらのように設定したら何もかもうまく行ったとさ。

 

他にも以下を参考にさせてもらった。

http://nfacr.net/ja/it/macosx/101--blog-editors-for-mac-os-x.html
http://www.ttcbn.net/no_second_life/archives/7840
http://tounderlinedk.blogspot.com/2010/05/bloggercss.html

 

 

TrueCryptでのシステム起動時の他パーティションの自動マウント

Windowsの起動パーティション自体をTrueCryptで暗号化しているが、ブートアップ時に入力したパスワードを、Windows起動後のマウントに自動利用する設定で引っかかったのでメモ。

・対象をシステムお気に入りに追加
Truecrypt01

・起動時認証パスワードをメモリにキャッシュさせる
Truecrypt02

・ブートパスワードをシステムパーティンションのパスワードに合わせるが、パスワードはUSキーボード配列で入れる。
Truecrypt03

2011/08/26

TerastaionのHDDを消す→HDD認識せず四苦八苦

Terastaionを1台お払い箱にしようと思って、4台入っているHDDを抜き出してデータ消去。

ちなみに入っていたHDDはSumsungのsp2504c。
SATA<>USB変換ケーブルを使って、なつかしきEeePCにつないで消す。

予め自作してあった
WinMe起動ディスク+Destroy+USBドライバ
のHDD削除用USBメモリを挿して起動。
が、認識せず・・・。
(なんかディスク認識の直後に止まる)
http://www.vector.co.jp/soft/dos/util/se196626.html

他に無いかと探して、wipe-outというツールをCDブートで起動。
http://www.wheel.gr.jp/~dai/software/wipe-out/
→同じく認識せず。
---------------------
umass1: Invalid CSW: (なんちゃらかんちゃら)
---------------------
とか出る。(コンソールに移ってごちゃごちゃやってたら、ディスクは認識してるけどディスクサイズが取れてなかったり、消去実行しても0%から進まないからダメだと思った。)

Windows上でフォーマットして、空き領域を消すツールとかもあるけど、できればちゃんとディスクごと0x00とか0xFFとか詰めてるのを自覚したいのが技術者の心情。

そこでlinuxのshredコマンドを思い出す。
そしてUbuntuのLiveCDを焼いてあったのも思い出す。
起動。
ターミナルのアイコンが無い。検索で「terminal」→「端末」アプリが出てきたw

http://ddsol.blog79.fc2.com/blog-entry-336.html
こちらのブログによるとcoreutilsが古いと遅いらしい。
でもaptコマンドが使えない・・・。
ので気にせず続けてみる。

なのだが!?
ddコマンドでデータ読むこともできない。
ディスクサイズとかの情報含め、デバイスの認識までは /var/log/syslog で確認できるんだけど・・・。
あれー。と思ってSATA<>USB変換ケーブル見たらアクセスランプつきっぱなし。
ここにきてWindowsに繋いでみたけど、ディスク管理に出てこない。

4台の内、他の1台も取り出してやってみる。
→同じ。

Linux素人の限界。今日はギブアップ。寝る。

2011/08/10

エンディングにおける妙な悲しみ

Final Fantasy6のラスボス戦~エンディングをYouTubeで見て思う。

平和や安定した状態は、当然望むべくものだろうが、
人の絆というものは、むしろ不条理・不安定な環境において強くなるのだろうと思う。
不条理な環境において絆が強くなった後、
エンディングを迎えるにあたって悲しみに似た感情を覚えるのか何故だろうか?

終わってしまうことに対しての恐怖だろうか。
はたまた、目標(ラスボスを倒す)を失ったことによる喪失感だろうか。

卑下解消の案

・自分には取り柄が無い
・必死に向上しようと取り組んでいるのに、効果が出ていない
・同年代の他人と比べ、引けをとっている

などと感じることが、たまにある。

・自分自身には見えにくくとも、客観的に明確な取り柄はある
・過去の自分と比較すれば、着実に効果が出ている
・他人の方が秀でている点と、自分の方が秀でている点が、”必ず”両方とも存在する

とは思うのだが、頭で自身を説得しようとしても心が納得しない。

所謂軽い鬱状態に似たものだと思うのだが、ふと「鬱状態の人に言ってはいけないこと」のような話題を思い出した。
うつ病の人に言ってはいけない言葉 [うつ病] All About:


当人にとっても頭では理解でき、それが正しいと思える。しかし頭での理解が心の納得に繋がらない状態では、言葉自体が正しくても解決に結びつかない。

では、どうするか。

「転地」ではないだろうか?

実際に引っ越す必要は無い。
これまでのコンテキスト(経緯、考え)を逸脱して、異なるコンテキストに自身を置いてみることで脳心の差異を埋められるように思える。
(※ここにて「脳心」とは造語で、脳(意識的思考)と心(無意識的思考)の関係を表す語とする)
至極簡単には「気分転換」や「逃避行」(少し違うか)と謂えなくもないが、より正確には、これまで時空が歪んでいると思っていた所に身(心)を置くことで、ズレが修正されると表現できなくもない。

これは欝状態から逃避(変容)を意味しているのでは無く、欝状態とは脳心の差異(と感じること)が原因であり、それはコンテキストに依存するということを意識し、コンテキストの調整により脳心の一致を図る、ということである。

転地のための具体的行動案は各人のコンテキストに依存するので言及しない。(自身のコンテキストを考え、自身で転地することに意義があると考える。)

2011/08/03

記憶は関連付けで保持される

昔近所のお好み焼き屋で、体調が悪くなりトイレで30分籠ったことがある。
先週同じ店に行った際に、そんなことはすっかり忘れていたのだが、トイレの目の前まで行ったら急に思い出した。

記憶は関連付けで保持されるのだろうと思う。
なんとなくだが、コンピュータにおいて(一般的なファイルフォーマットの用に)特定の記録に対してのインデックスがあり、1つの記録は単数単方向にリンクされている(これはFATだけ?)のと対照的に、記憶自体が断片的に、かつ他の記憶群と交わって(複数単双方向に)保存されるのではないか?

中学生の頃に塾で習った記憶法が理にかなっていたと思い出した。

その記憶法のステップ:
1.自身の通学路なり通勤路において特徴のある場所に番号をつける
(自宅のポストがNo.1、駅前のコンビニがNo.2、駅の改札がNo.3、、、などといった具合)
2.1~100までのランダムな物を提示される
(1:リンゴ、2:自転車、3:東京タワー、、、などといった具合)
3.リンゴはNo.1の自宅のポスト、自転車はNo.2の駅のコンビニ、、、に紐付けてイメージ(記憶)する)
4.3番目の物は?→駅の改札だから・・・東京タワー

なんという名前の記憶法だったかは忘れた。
それ自体何かに紐付けておけばよかったか。