・自分には取り柄が無い
・必死に向上しようと取り組んでいるのに、効果が出ていない
・同年代の他人と比べ、引けをとっている
などと感じることが、たまにある。
・自分自身には見えにくくとも、客観的に明確な取り柄はある
・過去の自分と比較すれば、着実に効果が出ている
・他人の方が秀でている点と、自分の方が秀でている点が、”必ず”両方とも存在する
とは思うのだが、頭で自身を説得しようとしても心が納得しない。
所謂軽い鬱状態に似たものだと思うのだが、ふと「鬱状態の人に言ってはいけないこと」のような話題を思い出した。
うつ病の人に言ってはいけない言葉 [うつ病] All About:
当人にとっても頭では理解でき、それが正しいと思える。しかし頭での理解が心の納得に繋がらない状態では、言葉自体が正しくても解決に結びつかない。
では、どうするか。
「転地」ではないだろうか?
実際に引っ越す必要は無い。
これまでのコンテキスト(経緯、考え)を逸脱して、異なるコンテキストに自身を置いてみることで脳心の差異を埋められるように思える。
(※ここにて「脳心」とは造語で、脳(意識的思考)と心(無意識的思考)の関係を表す語とする)
至極簡単には「気分転換」や「逃避行」(少し違うか)と謂えなくもないが、より正確には、これまで時空が歪んでいると思っていた所に身(心)を置くことで、ズレが修正されると表現できなくもない。
これは欝状態から逃避(変容)を意味しているのでは無く、欝状態とは脳心の差異(と感じること)が原因であり、それはコンテキストに依存するということを意識し、コンテキストの調整により脳心の一致を図る、ということである。
転地のための具体的行動案は各人のコンテキストに依存するので言及しない。(自身のコンテキストを考え、自身で転地することに意義があると考える。)
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